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世の中の人々が皆、自分だと思うことがある。

 

家族や友人、毎日見掛ける人やテレビの中の人たち、地球の裏側にいる人たちや一度も会う事のない人たちでさえ皆、実は私自身なのだと、思うことがある。

 

人生には数え切れない程の選択肢があり、私たちは死ぬまでに何十億もの中から一握りの道を選んでいく。私が米粒以下の大きさでこの地球に出現した瞬間から、選択は始まり、選んだほうにも選ばなかったほうにも、どんどん下へと選択肢が続いていく。ねずみ算のように、二倍にも三倍にも何十倍にも、続いていく。

 

私が選ばなかった道を、実はもう一人の私が進んでいて、その先に続いている道をまた、もう一人、二人、三人と、別の私が歩き、生きている。今すれ違った全くの他人は、実はあの時あの道を選んだ先にいた私で、そこに座っている見知らぬ人も、私が選びそびれた先にいる私で、あの人も、この人も、私で、、、、と、思うのである。

 

だから稀に、本当に稀に、清々しくなる。生きている限り人と離れることはないし、生きている上での悩みは大概が人間関係から派生しているという。その人間が全て私なのだから、相手に一喜一憂する必要はない。この私が出来なかったことを、別の私が叶えていて、分かり合えない相手も、私で、全部自分なのだから、深く悩む必要はない。と、ごくごく稀に、思う。

 


そう考えると、何を選んでもよい気がする。