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平凡

 

 

単細胞生物には、感情があるんだろうか。


ゾウリムシ、ミカヅキモ、アメーバ、(他は知らない)、彼らは喜んだり怒ったり悲しんだり、するんだろうか。

 

私の偏見で言うと、しない。感情はない。
けれど生きとし生けるもの、感情も無く生きることがあるんだろうか。
生きるのには、必ず何かしらの意味がある。何かしらの目的があって、この宇宙に生まれる。

 


詰まるところ、単細胞生物には、「生きたい」という感情のみが存在する、ということにする。自論にて。

 


しかし多細胞生物の私たち、も、結局行き着く先は「生きたい」なんではないかと思う。
喜ぶのも悲しむのも精神を安定させ生き延びる為、お腹が空いてご飯を食べるのも生きる為、怪我をして治療するのも死なない為、娯楽に興ずるのも寿命を延ばす為、なんでも終着点には「生きたい」がある。

 

 


単細胞生物は感情が無さそうでよいな〜、よいかどうかはわからないけどどんな気分なんだろうな〜、あ、感情無いから気分も何も無いか〜、ハハハッ、とかなんとか思っていたけど感情あるのか。あるのか。あるか。そりゃああるか。生き物だもの。

 

それでも感情が無かったら、と考えると、凄い。何が凄いかって、それはわからないけど凄い。たぶん宇宙飛行士が初めて宇宙に出た時くらい凄い。子どもが初めて記憶を持った時くらい凄い。卵が孵化する時くらい凄い。虹の始まりを見た時くらい凄い。風の始まりを見た時くらいにも凄い。全部知らんけどたぶんそれくらいに凄い。途中から何の話をしていたのかわからなくなるくらい凄い。

 

時折、この感情要るか?と思う感情もある。忘れたけど。ある。無い方がよいであろう感情もある。主に怒りの感情。主に要らない。あっても良いことがない。自分も相手も嬉しくない。嬉しくないことは良くない。良くないことは嬉しくない。マジカルバナナゲーム終わり。下手くそかよ。あれめちゃくちゃ得意な人いるよね。小学生の時に得意な女の子がいて一瞬だけ尊敬してた。

 


怒ると本当何も良いことがない。切り取ったほうがよいと思う。そう思っていたのだけど。今日、革命が起こった。別に革命は起こってないんだけど、革命が起こった、って、響きがよいね。格好いい。革命起こしちゃう自分も格好いい。革命は起きてないんだけどね。


要するに、怒りという感情の必要性を、今日ふと、感じたのである。うまく言葉にできないのがもどかしい。
これもきっと、行く末に「生きたい」がある。生きたいから怒る。生きる為に怒る。だから怒ることも必要。怒ってよい。必要な時だけに。

 


それでもやっぱり寛大になりたい。寛大であってほしい。平凡に暮らしたい。平和というよりもっと、平凡でよい。鈍臭いくらいがいい。