ハングオーバー
この世で一番不要なもの
「二日酔い」
いやわかる。わかるんだよ。
転んで足から血が出たり、痛んだり、そういうのって必要だと思うんだよ。
ラッドの歌詞にも、
"もしも折れかけたその足に痛みを感じなければ
君は何も知らず歩き続けるだろう"
ってあるんだよ。そうなんだよ。
例えば足の指が壊死しているのに気が付かなかったら、どんどん悪化していくだけなんだよ。
だから二日酔いだってきっと必要なんだよ。
わかる?
なんか冒頭と矛盾してない?
内臓が対応し切れてないよ〜、体が危機を感じているよ〜、と知らせる為に二日酔いがあるの。
でもさ、もう飲んじゃってるじゃん。
飲んでる最中に気持ち悪くなるならわかるじゃん。あーもうこれ以上飲まないほうがいいかなってなって飲むの止めるじゃん。
でもさ、翌日って意味なくない?
二日酔いになった瞬間は「あ〜もう一生酒飲まねぇ〜」って思うけど結局その晩また飲むじゃん。でまた二日酔いじゃん。全然効果ないじゃん。
二日酔い何やってんの?何がしたいの?
アイデンティティ確立できてる?
自分の立場、役割、ちゃんと理解してる?
もしかしてまだ自我芽生えてないの???
とにかく旅行の最中に二日酔いをして
丸一日をゲロと一緒に流してしまった
あ〜もう一生酒飲まねぇ〜
思い出すのはそうマイアミ
昔出来ていた事が、どんどん出来なくなっていっている気がする。
怖い。
老いとは無関係のところにある。
自分を操作できなくなっていくし、周りへの順応能力もすり減っていっている気がする。
怖い。
こうして不安や負の感情をどこかに出しておかないと、抗えなくなる。そのうち全部飲み込まれてしまうんでないかと思う。
どこかへ行きたい気持ちも失くなってしまう。
ここに居たい思いはとうの昔に消えた。
パラレルワールドというものがあるなら、私はこの世界とパラレルワールドの間にきっとある、僅かな隙間に挟まっていたい。
時の流れや周りの一切の無い、自分の感覚だけが全ての、その空間で、ひっそりと暮らしていたい。
もう一人の自分が、ハッキリとした形で存在したら本当に、どれだけ助かるかと思う。
こういう自分でもすぐにわからなくなってしまうような感覚を、自分とだけ共有したい。というより、自分としか分かち合えないから、せめて虚像くらいでも、そこに居てほしい。話を聞いて、そうだねそうだよね〜、と肩を持ってほしい。同じ自分だから反対はしないんだろうけど、違うならばバッサリ否定してほしいし、他の人の耳に入ったら気を滅入らせてしまいそうな不安や愚痴を、延々と聞いてほしい。
はぁ〜〜〜〜〜、明日も生きよう。
本日の教訓
悲しいことがあると 開く皮の表紙
ああ違う違う、
悲しいことがあると開くのはSNS、
物凄い時代になってしまったね。ユーミンもびっくり。
一番理解してほしい人に理解してもらえないことの虚しさ、悲しさ、恐怖を、噛み締めていた。
自分なりに考えたことを、端から端まで、グダグダのまま日記(手記のほう)に書き殴り、珍しく答えらしい答えに辿り着いて、ひと息ついた今に至る。
こう、色んなことを考えて、結局は仕方がないと思う他ないのだなと感じた。
理屈や定型通りに済まないこともあるということを悟った。まじサトラー。
ただ、何をしていても味方でいてくれる人は味方でいてくれる。
よいことをしていてもよくないことをしていても、見捨てず隣にいて寄り添ってくれる。
そういう人は必ずいる。
そういう人たちを、なるべくなるべく傷付けないように、生きていけたらよいなと思う。
そいでちょっと力が宿ったら、その人たちを少しだけ、幸せにできたらよいなと思う。
うんと幸せにできたら、何よりだけれど
無い事を求めていないで、在るものを手離さないよう専念すべし。今日の教訓。
色んな人に会いたくなってきた。
このまま二度と会えない事のないように、いつでも愛と慈しみと、感謝を持って、生きねばいけないなぁ〜〜〜〜〜
ビー、ハッピー!(今日も今日とて)
ヒエ〜〜〜〜〜、
このままどこかへ行ってしまいたい!
遊牧民のようなイメージで、
遊牧民ほどの意味は持たず、
風に乗せられるタンポポの綿毛もどき、
そいでも永遠空を舞っていられるような、
降りてしまえば地に根を生やして生きていけるような、
よくわらかないけどそういうようになりたい。
生きることが全てではないと思う。
でも死を知っている人は皆口を揃えて生きていることが全てだと言う。
私だって、そう思う時はある。
なんやねん。どっちやねん。
ヒエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
人生が、チェスだったら楽だろうな〜!
神が空から私を動かすだけの、
チェスなんてやったことないから知らんけど。チェックメイトされたい。
人生のチェックメイトってなんだ。そもそもチェスを知らないから知らない。知らないものは知らないけれど、知らないことは知っている。無知の知。なんやねん。無知は無知だろ。なんやねん。やんのかオラ。は?
(何故か今、やさぐれている。)
ヒエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
わけが、わからない。
わからなくなったときは、考えないほうがいい。
とは思えど、考えねば答えが出ない。
林檎のように勝手に降っては来ない。
このまま遠くへ行ってしまいたい〜〜〜な〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜楽しいことだけ考えよう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ビー、ハッピー
ここのところ外出続きで、一日一日があっという間に過ぎて行く。
何も考えないで生活するというのはとても楽で幸せだけれど、生きているのか死んでいるのかわからなくなる。
生きている、今日も生きていてよかったと感じる事が多い今日この頃だけれど、死んでいるような感覚にもなってしまう。
ただ、私が私であって、私がここにいて、私が昨日何をし今日これから何をするのか、何を思って何を伝えようとしているのか、大抵の人は気が付かない。
生きているのか死んでいるのかも、自分でそう位置付け意味付けないと、形にならない。
正しいか正しくないかも、結局自分の中でしか存在しない。
今日もよくわからない事ばかりだけれど、とにかく生きようと思う。天気もよい。遠くには気球が浮かんでいる。
よい事が起こるに違いない。
osho
どこに戻っても同じ生き方をするのだと思う。
先を知っていたって、失敗を知っていたって、道を避け遠回りをしても、結局同じ所へ辿り着いてしまうのだと思う。なんとなくそう思う。
憧れている人が読んでいた本を、私も読みたいと思って買ったけれど、いまいちピンと来なくて、二ページ程しか読んでいない。
人にもオーラがあるように、本にもオーラがある。
人によって感じるオーラが違うように、本にもそれぞれ感じるオーラが出ている。
故、その人にはとても魅力的な本でも、私にはちと駄目だった。
そういうところまで、吸収できたらよいのにね。そしたらつまらなくなってしまうんだろうか。
気を遣わない気遣いが、無気遣いだった。なんやねん。
パンはパンでも食べられないパン、みたいな、よくよく考えると意味がわからないような、感覚だった。
結局、相手の考えなんぞ推測ででしか捉えられない。運がよいか自己満足かでしか当たらない。それでよい。
自分に無理して相手に寄り添ったって、逸れているだけの時がある。だから無理はしなくていい。
と、いう学び。今日。
猫だもの
猫はいつも何を考えているんだろう。
猫は、人生の7割を寝て過ごし、起きている間の半分を毛繕いに費やすらしい
確かにいつも寝ているし、起きたかと思えば毛繕い。止まったと思えばまた毛繕い。終わったかと思えばすぐ眠る。じゃあ残りの時間は一体何をしているんだと思うけれど、狩りやら散歩やら猫の集会やら、しているんだろうな。
猫になりたい、なんて人間の過半数が思ったことあるに違いない。
私は四六時中、思う。
物心つく前から猫と暮らしていて、猫より人間のほうが良いと思ったことなど一時としてない。断じてない。
猫はよい。
猫は素晴らしい。
猫の人生は最高だと思う。
私が猫になったら、何よりもまず縁側で眠りたい。
我が家に縁側は無いけれど、猫ならどこの家にだって忍び込める。見つかったって「てへ♡」っと逃げ去れば済む。運が良ければ優しいおばあちゃんにチヤホヤしてもらえる。
そして人間の膝の上で寝たい。
頭をナデナデされたい。
眠りながら美味しいエサを与えられたい。
猫じゃらしで遊んでもらおう。
私の写真を部屋いっぱいに飾ってもらおう。
それから、太陽の光をいっぱいに吸い込んだ芝生の上で寝転がりたい。
気持ちいいだろうな〜〜〜〜〜〜、人間にでもできるけれど、猫なんて最高だろうな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
眠ってばかりやないかい!!!!!
猫だもの!!!!!!!!!!!!