おめでとう

 

 

親と芸人は偉大だ。

 

この2つの存在に私は時折、物凄く助けられる。だからどうか長生きしてください。

 


自分の人生自分にしか生き抜けないと、頭ではわかっていてもどうも、心というのは強いものね。頭と心に、自分が一人ずつ住んでいるみたい。一人よりは心強いけどさ、もっと一心同体、うまくやっていこうね。エイ、エイ、オー(オー)(オー)

 

 

 

ところで先日録画した『君の名は。』を観たのだけど、あれは本当に名作です。
ウィンパーとしては(使ったことないけど)
勿論一昨年上映されていた夏に観に行ったけれど、しかも一人で観に行ったけれど、あれ?もしかして私って友達いないのかな?と初めてハッキリ感じたのがあの時かもしれない。自我の芽生えというもの。(ハッ)(!)


しかしあの作品は、贔屓目に見ずとも素晴らしい作品だなぁと、しみじみ思う。絵のタッチとかそういうのは、ワタシ美大のビの字も無いし2Dまでしか絵は描けないけれど、映像が綺麗なのは勿論のこと、シーンの切り替えとか伏線の敷き方とか、個人のセリフの言い回しやタイミング、それから何と言ってもシーンに合わせた楽曲何より歌詞が、なんて素晴らしいんだろうと、内容を理解した上でもう一度観た今日には感慨深ささえ出てきて、瀧くんと三葉ちゃんの間にさ、“RADWIMPS”なんて出た時にはさ、あぁもうこんな時代なのかって、オーバーだけど本当にそう思ったよね。ねぇ。結局贔屓目に見てんじゃーん。しゃあないじゃーん。「この音楽に救われました。」とかって言うの、あんまり好きじゃないし嘘くせー薄っぺれーと常日頃思っているけど本当に、いつも寄り添ってくれていた彼ら。大事な勝負に向かっている時、決断に迫られて身が引きちぎれそうな時、不安な時悲しい時、この世に一人取り残されたような恐ろしさに怯えていた時、勿論ハッピーな時もラッキーな時だっていつも、彼らを頼って彼らに助けられてきたのだもの。こんなに今世紀最大の喜びはなかったわよ。まったくもう、興奮抑えきれずにこのセクション(セクション?)めちゃくちゃ文章長いやーん。やんなっちゃう。

 

 

新海監督も、なんて素晴らしい人なんだろうと、どうやったらあんなに素敵な作品が作れるのかとか、いつどこでああいうストーリーが浮かぶのかとか、どうして1つも、本当にひとっつも抜け目無く完全な映画が作れるんだとか、天は二物を与えずだとかなんだとか、もうなんだよ!なんなんだよ!じゃあ新海監督はなんだよ!絵は上手いけど俳句は下手くそなのかよ!いやあんな壮大なストーリー書ける人が俳句下手なわけないじゃんよ!じゃあ縄跳びとか跳べないのかよ!あぁそれでいいよ!もういいよ!と自暴自棄になる。なんやねん。

 


とにかくさ、こういう素晴らしい人たちが世の中を支えているんだな、本当に偉大だな、畏れ多いな、と思う。ありがとうございます。

 

 

 

 

にしても冬はつらい。(切り替え)(速)
どうして人間は冬眠できる能力がないんだろうな、と、毎年毎年思う。本当に無能。ニンゲン、ムノウ。ニンゲン、ヤクタタナイ。ニンゲン、ソノウチホロブ。完全に出来ないことはわかっているけど(過去に出来てしまったケースはあるらしいけど)、それでもなんとな〜く毎年、いよいよもうこれ以上冬は辛いと思い始めると、どうにか冬眠できないものかと悩み出す。今がまさにその時よ。外では風がビュービュー吹いててさ、もう怖い。外に出るのが怖い。頼むからこのままアタイを春まで眠らせてくれよし。(よし?)もう本当に、春まで放っておいてくれよし。(よし☺️)あぁ涙が出てきた。ていうか初めて絵文字使った。使えるんかーい

 

 

寒い寒い言いながらアイスを食べ始めているからいよいよ滅びそう。だけどアイスがニコニコしていて、ほっこりほこほこ、スプーンで掬っても掬ってもニコニコしてくれている。パナップです。ぶどう味。おいしいね。

 

 

 

あーだこーだ言って、明日生きる活力を蓄えていたの。今日一日の良かったこと、感動したこと、嬉しかったこと、学んだことを思い出して、なんとか明日を生き抜くエネルギーにしたかったのです。

 

まずは今日を生き切ったこと、お疲れ様でした。偉い!表彰状!

 


誰に向かって話しているんだろう。明日の自分に向けてだね。そういうことだね。また明日。

 

 

 

 

宇宙旅行

 

 

朝が来て、昼が来て、夜が来て、また朝が来て、
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て、また春が来て、
始まって、終わって、また始まって、
会って、別れて、また会って、

 

どこを目指して地球は回っているんだろう。
それから私は

 


平らな世界地図を地球儀にした途端、距離感がわからなくなる。
丸いのが正解なのに、嘘のように見える。

 

 

いつか、100万円で宇宙旅行に行けるようになったら、自分の目で確認したい。地球は本当に丸いのかどうかを。

 

 

 


小型の飛行機が、気持ち良さそうに雲の上を飛んでいて、なんだか私も自由な気分になった。どこにでも行けるな〜、と思った。

 

 

 

 

 

長いような、短いような川

 

 

夢を見た。

 


何処だかわからない国にいる。
日本よりは発展途上の国だった。

 

広い昼食場で、ご飯を目一杯食べた。
何を食べたのか、誰と食べたのかは覚えていない。
小学校高学年くらいの男の子が、お母さんの手伝いをしていた。

彼とも、彼の母とも会話をした。
何を話して、何の言語で話したのかもわからない。

 

 

 

数日程、その土地に居たのだと思う。
小学生くらいの子供たちが沢山いた。

 


別れの日、
とても懐いてくれた女の子が、抱きしめてくれた。手紙を送ると言ってくれた。
もう一人、男の子が、一生懸命英語で手紙を書いてくれた。英語は母語でなかったのだと思う。ローマ字で、日本語の手紙も添えてくれていた。

 


もう舟が出るよと、別の男の子が知らせに来てくれた。中学生くらいだったと思う。自転車の後ろに乗せてもらって、船着場まで送ってもらった。自転車のサドルと荷台の部分がどんどんと伸びていって、彼とどんどん離れていった。

 

 


船着場では子供達が、私のキャリーケースと、その他の荷物を沢山積んでくれていた。

 

出かかっていた舟に飛び乗った。

 


長いような、短いような川を渡った。

 

 

 

 

 

 


いつか手紙が届いたらよいな

 

 

ラクス

 

 

 

夜なのか朝なのか、深夜なのか早朝なのか、はっきりとわからない時間にほっとする。

 

冷たくなった、「寒い季節にオススメ!あたたまるビタミンレモン(健康)」を飲んでいる。

 

 

時々、そういったものが寄り添ってくれて、私はなんとか朝を迎える準備をする。

 

 


師走なのか何なのか、頭の中を小さいサンタクロースが、ドタバタ駆け回っている。同じところをグルグルしているのに、気が付かず

 

 

 

 

 

 

とてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとても、落ち込みそうで、これではいかんと、最近熱中している音楽をガンガン聴いている。こうやって、自分を手懐ける方法を、最近やっと身に付けた。

 

 

この世界って、私のこの人生って、結局私の主観で出来ていて、すごく説明が難しいけれど、地球が丸々、自分の頭の中に入っているかんじ

 

私が死んでも地球は回るけど、私が死んだら地球も無くなる。

 

 

 

そう思うと、気が楽になる。

 

 

 

 

 

 

ようし今日もイッチョ、生きたろう〜〜〜!

 

 

 

 

 

オラ

 

 

とても有意義な時間を過ごしている。
とてつもなく暇だけれど、でもとてつもなく有意義だなぁと思う。

 

 

世の中には矛盾していることが多い。
矛盾しているようで矛盾していないことや、矛盾していないように見せかけた矛盾が沢山ある。ややこし。

 

 

有意義さというのは、決して何かをした分だけ得られるものではなくて、じゃあ何かと問われると、うーん参ってしまうけれど、こうして見知らぬ土地の言葉もイマイチわからぬ、決して綺麗ではないけれどゆったりしている宿のソファに座っているとね、普段どこかにしまい込んでしまっている、ハッピーなものがじわじわ顔を出してきて、私は生きていてよかったなぁと思うの。生きていてよかったというよりも、今ここで息をしていることを、とても幸せに思う。

 

 

 

うわぁ〜〜〜〜〜、どこにも行きたくないなぁ。
ずっとここに居ても、する事はないけれど
ずっとここに居たら、飽きてしまうんだろうけど
今のこの感覚を、ずっと持っていられたらなぁ〜〜〜、
圧縮袋に入れて、キャリーバッグに詰めて、どうにか持ち帰れないかなぁ〜〜〜〜〜〜〜、

 

 

 


記憶というのはどんどん捏造されていくと、偉大な作家が言っていた。捏造じゃないな、何だったかな、今日読んだ本なのに、忘れてしまった。そういうこと。こうやって、捏造されていくの。


今この瞬間に対して、今以上に幸せを感じる事はできないんだなぁ。(しみじみ)

 

 

 

 

 

だからせめてここに真空パックしておく!

 

 

 

今日のはじまり

 

 

ずっと、汽笛の音を聞いていた。
大事なことがある前日はいつも眠れない。

 


とてもステキな日々を過ごしている。
かけがえのない、というフレーズがこれまでで一番似合う。

 

 


あまり深い事を考えず、考えている。
忘れられることよりも、忘れてしまうことのほうが恐ろしいと、初めて思った。


いつかシワシワのヨボヨボで寝たきりになった時にでも、思い出せたらなぁ〜、と思う。

 

 

 


お腹いっぱいにご飯を食べられることを、本当に本当に幸せだと感じる今日この頃。
とても贅沢で欲深いことだけれど、胃が対応できるうちに、欲しいものを食べられるうちに、有難く遠慮無く戴こう。

 

 

 

 

どこにも居ないような感覚が心地よい。
知らぬ土地の山頂で夕陽を待っている時、
限り無い田舎道を車で走っている時、
顔も言葉もわからない場所に一人座っている時、
日付も時間も気にしない空間、
後も先も考えない瞬間、

 


ずっとここに居たいと思う。
できれば時も場も動かない隙間に挟まって、
しばらくの間ぼんやりしていたい。

 

 

 

 


明日も生きよう〜〜〜。
まずは今日が始まるけれど、とても久しく、ワクワクしている!

 

 

 

 

 

Ayahuasca

 

 

旅先で、アヤワスカという秘薬があると教えてもらった。

 

一種の覚醒剤で、何も無い暗闇の小屋の中、そのゲロ不味い液体を飲み、ひたすら数時間瞑想をする儀式があるらしい。

 

そうすると嘘か真か、頭の中がグルグルと回り始め、脳裏に曼荼羅のような絵が浮かび、愉快な生き物たちが笑い踊り、楽園のような世界が広がり、耳も意識も遠くなり、幽体離脱状態になるんだとか、なんだとか


シャーマンという謎の教祖のような人がお経のようなものを唱え続けると、瞑想の終盤で皆吐き気を覚えて、目の前に抱えたバケツに向かって死ぬ程嘔吐する。その吐いた物に心身的な不純物が全て含まれているらしく、体験した人のレビューをまだよく読んでいないけれど、本当に世界が違って見える程スッキリするらしい。

 

 

 


世の中には色んな、本当に色んな物事が存在するなぁと思う。

 

アヤワスカやってみなよ!と旅人にお勧めされたけど絶対やらない。世界は広過ぎる。