ここが、自分の居場所なのかもしれないと思う。
前にも、似たように感じたことがあった。
ふかふかの暖かい芝生のような所でなくて、フラフラと足場の悪い場所が、私の居場所なんではないかと、結局居心地がよいのではないかと、ちょっくら旅をする度に思う。
物理的な拘束は強い。
かといって物理的に枠から飛び出したって、精神的な拘束はいつまでも続く。と、この前飛び出した時に気が付いた。
ひとつ、ひとつ、身動きを取る度に、ビクビクと震える。怯える。出来れば居馴れた場でいつまでもじっとしていたい。そうして幸せに暮らしたい。でもそこに居ては幸せにはならない。そういう生き方があることもあるし、私のように無いこともある。だから挙動不審になりながらも、一歩ずつ動いていかねばいけない。
できないことなんぞ無い。絶対も無いけれど、無い。
これまでを生きてきたこと、そして今日も生き抜いたこと、それが素晴らしく、それが全てである。そうして明日も生き延びることが出来たら、本当に素敵。
奇跡という言葉は胡散臭いけれど、どうしたってこれは奇跡である。
奇跡はそう起こるものでない。
だからいつでも自分の意志に従っていたい。