ココやん

 

 

最近は大人めいてきて四季の中では秋が好き!と思い始めたけれど、昨日、もしかして今の時期が一番好きなのでは?と思った。春から夏へのバトンタッチの、まさに今。

 

昼間はちょっと暑くて半袖が丁度よく、風が吹けば爽やかで、入道雲がモッ、モッ、(まだモクモクッ!ではない)と出ていて(モクモクッ!のほうが好きだけど)、沿線にはポピーが可愛らしく咲いている。ヒナゲシって言うと可愛らしさが壊滅する。花言葉は「労り」「思いやり」「陽気で優しい」などなど、とってもお似合い!花言葉って誰が決めてるの?私もひとつくらい決めたーい。最近は女性の駅員さんが増えて、電車に乗るたび、とてもいいなぁと思う。男性がよくないということではなくて、ただ、女性の、(若い人しか見かけないけど)特に若い女性の、明るくて透き通った声が駅内に響き渡ると、聞いている側の気分も少し明るくなる。5〜6年前までは男性駅員しか見かけなかった記憶が合っているかわからないけど、それまでは男性しか採用しなかったのか、興味のある女性がいなかったのか、わからないけれど、偏らず色んな人がいるっていいもんだなぁ〜なんてことを思いました。

 

昨日は久しぶりに人と会って、お世話になっている好きな人たちだったけれど、久しぶりに人と会ったもんだから、話し方を忘れてしまった。自分から話す時って、何の話をすればいいんだっけ?どんな風に?相槌はどのタイミングで打つんだっけ?目線の位置は?声のトーンは?顔は笑えているか?など、考えたら余計に上手く話せなくて、えー、会話ってこんなに難しいんだっけ、と思った。人と話すのメンド、ともちょっぴり思ってしまった。ハー。

 

 

何年振りかに古本屋に行き、九冊買ったのだけど、千円しなかったの。新本には新本のよさが勿論あるけど、古本もやはり侮れないなと思う。中身は全く同じだもんね。108円と110円の本があって、よくわかんないけど全部110円でも揃えていいんじゃない?と思った。よくわかんないけど。

 

ずっと気になっていたけどなんとなく買い損ねていた、益田ミリさんの本を買った。いい。とってもいい。考え方が、とってもすてき。私も新しい自分をどんどん増やしていこう。

本の中で「布団は味方」と言っていて、うむうむごもっともです、布団は偉大だ!と思うも、私にとっては本こそが、味方だなぁと思う。本を書く人作る人、素晴らしいです!いつも本当にありがとうございます…

 

 

夏の昼は長くていいね〜。(まだ春だけど、もう夏なのだ)6時を過ぎてから、陽が沈み始めて、7時半になってもまだ、粘っている。昨日は夕焼けがピンクで可愛くて優しくて、とってもよかった。灼熱の赤い夕焼けも、とってもよいのだけれど!滅多にお見掛けしない、どういう仕組み?いつどういう条件で見られるというのがわかっていれば、もっと意識して外を見るんだけどな〜。(調べる気は起こらない)

 

 

なんだか昨日はとってもよかった。久しぶりに気分がよかった。3億4千万光年ぶりってかんじ。光年の使い方合ってる?あとそれってどのくらいの時間なの?

 

 

 

今朝、昔飼っていた猫が幽霊となって家に遊びに来てくれて、嬉しい気持ちと切ない気持ちでワンワン泣いている夢を見ながら起きたら、現実にもすごい顔をしてちょっぴり泣いていた。うー、切ない。会いたい。夢の中の猫は実際の猫とちょっと顔が違っていたけど。あー。会いたい。猫の夢なんて初めて見たかも。今までずっと、誰かしらが家に居てくれていたから、寂しくなかったね。今はとっても寂しい。

 

 

 

マニキュア

 

 

いつからか、ずっと、女性らしく振る舞わないように過ごしてきた。別に何があった訳でもないけれど、ただなんとなく、女性独特の艶かしさが、幼い自分には気持ち悪いものでしかなかったのだと思う。小学生の頃から、そうやって過ごしてきた。

 

小学生の頃は、お昼休み、男の子に混じってドッジボールをして、男の子に負けないくらい強くて、そのまま中学に上がって、制服以外にあんまりスカートを履かなくなって、女の子らしい小物も持たなくなって、持っていれば友達にからかわれたから余計に持たなくなって、相変わらず男子からも強い女と思われていて、女子からはサバサバしていて接しやすいとでも思われていたんだと思う。中性的に生活していたおかげだろう、先輩後輩男女問わず、仲良く過ごしてきた。

 

中学生の時、教室の窓ガラスが割れて、それを怖がっていた女の子、高校生の時、地震があって、泣きながら怯えていた子、ジェットコースターが苦手だった子、注射を心底嫌がって保健室で寝ていたあの子、いつも寒がっていた子、か弱そうにしていた子、それって女性らしさ?と今更疑問に思う場面もあるけど、でも、私は、そういう人たちが、本当は羨ましかったのだと、随分時を経て、思う。

 

私もあの時、あの時も、あの時も、あの子みたいにしたかったんだ。ぶりっ子したい訳じゃなくて、変に強がらないで、普通の女の子がするみたいに、振る舞いたかった。全て自分で決めてしてきたことだから、自分を恨む以外の事ができないのだけれど…

 

 

ピンク色のもの、可愛いキャラクターのもの、ひらひらフリフリの洋服(は、そもそも好みではないけれど)(否、それすらもわからない)、女性らしい仕草や言葉遣いも、全部全部敢えて避けてきた。それによって仲良くなれた人や、得したことや、良いことも沢山あった。

 

 

社会人二年目の頃だったか、職場の上司に、「私女性らしいものを遠ざけて生きてきたんです」みたいなことを、自虐的に話したことがあった。その時彼女が、「どうして隠す必要があるの?好きな事をしたらいいじゃない。」と自然に言ってくれて、その言葉がその後の生き方を変えてくれた。

 

本当はずっと好きだったキャラクターの小物を買ったり、少し女性らしい服を着てみたり、言葉遣いもマシになった。(旧友に会うと時々飛び出すけど)

 

今だに昔のままなことは多いけれど、それでもだいぶ、生きやすくなったんではないかな、と思う。

 

 

 

 

 

 

マニキュアを塗りながら、そんな事を思い出していた。初めて塗る、ピンク。ちょっと後ろめたいというか、気持ち悪いというか、そんな思いはある。昔の自分だったら、というか、露骨にピンクというのは、ついさっきまでの自分だったら、ありえなかったこと。

 

でも変だと思っているのは、一番そう思っているのは、唯一そう思っているのは、自分なんだよねぇ。これまでもずっと、自分が自分を勝手に律して罰して責めて嘲けて笑って、がんじがらめにしていたんだよねぇ。

 

 

そして日々は代わり映えしないんではなくて、自分が変えようとしていないだけだねぇ。

 

私は今日、ピンク色のマニキュアを塗って、少しだけ、変わった。一瞬でいいんだ。

 

 

 

 

(エモ)

 

 

 

 

この間のこと(4/28)

 

人が見る夢は儚い。そのまんま。

どうして夢はすぐ忘れてしまうんだろうね。

 

最近、夢側に移り住みたくなるような夢をよく見る。

楽しいというか、面白いというか、とっても興味深い夢を最近、よく見る。でもやっぱりすぐ内容は忘れる。

 

私の夢は大体、自分の家と、小学校と、場所は中学校だけど学校ではない建物(七変化する)と、ショッピングモールを中心とした電車と、知人もいるけど大体が見知らぬ人で出来ていて、たぶんそのうちちゃんとひとつの世界になって、住めるようになるのかも。

 

 

 

今日はおそらく10年くらい適当に500円玉貯金していたものを遂に郵便局へ持って行った。貯金箱がパンパンになってきて、いやぁでもこれをお札に変えてしまったら重みが無くなって一瞬で消えてしまうんだろうな、どうしような、とここ数ヶ月悩んでいたんだけれど、行ってしまえば意外とスッキリした。また始めよう。

 

夜ご飯に生春巻きとガパオライスを食べた。ちょっと海外旅行した気分になった。ほんの一瞬。

 

 

近頃、うすにごりハイボール とやらにハマっている。日本酒とウォッカを混ぜているらしいが、邪道ではないのか。美味しければ何でもよいが。そう、美味しければ何でもいいのだ。私はビールや日本酒に氷を入れたって別にいいじゃないか派なので(そんな派閥があるかは知らない)。地球人どもは枠に収まりすぎなのだ。記念写真じゃないのだから思いっきり飛び出せってんだい。

 

 

何の話?

 

 

今日はちょっと、夏の雰囲気がしておりました。

 

よきかな

 

 

 

昨晩の思いの丈二千字

 

 

ついこの間、分厚い掛け布団を仕舞ったばかりなのに〜〜〜!キィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!

 

と思った人は全国に100万人くらいいるだろう。

 

去年も一昨年もこの罠に引っ掛かっていた気がする。ちくしょうめ。人間は学習する生き物だとは一体誰が言ったのかしら。

 

でもまた引っ張り出すのは面倒だからうっすい布団で乗り切ろうとしている人もまた、70万人はいるんだろう。あとの30万人はマメだな。

 

この寒さが来る直前は、昼間は30度超え、夜でも28度くらいだったのを、幻とさえ思い始めている人だって、50万人くらいいるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

おかしいだろうが!!!!!!

 

 

 

幾ら人間が恒温動物だからってネェ、耐えられる事と耐えられぬ事がネェ、世の中にはネェ、あるんだよネェ、、、だから、、、、、

 

 

 

 

 

おかしいだろうが!!!!!!!

 

 

私はこの数日間、何処にも行き場のない、この、遣る瀬ない感情を、あの分厚い布団と一緒にタンスに仕舞うこともできずにねぇ、幻の様に消し去ることもできずにねぇ、過ごしていたんだよねぇ!!!!!!!!もうわたしゃダメよ、人間やれないよ、冬は冬で、地球温暖化のクセにサミーのをがんばって耐えぬいてねぇ、春という療養期間中にねぇ、突然夏が来るもんだからちょっと驚いたけどまぁまぁ、まぁまぁよしとしようよ、よぅしそら夏バッチコイ!ってかんじでねぇ、アンタがその気ならアタイも真正面からぶつかってくワヨ!ってかんじでねぇ、夏全開でねぇ、ていうかむしろ夏は好きだからねぇ、快く布団は仕舞ったんだけどねぇ、どうしちゃったのかしらねぇ、夏、ひるんじまったのかねぇ、アンタに急かされてもうカエルはゲコゲコ鳴き出しちゃって止まらないのにねぇ、、、、、

 

 

 

 

 

 

何の話?

 

 

 

音楽を聴きながら文字を打っていると、全然集中出来なくて、無駄に打ってしまうあるあるだよ

 

 

 

 

なんかねぇ、もっと言いたい事があってねぇ

 

 

 

 

あ、そうそうこの前笑点の好楽さんが、「こういう時(コロナの状況下)はずっと寝てればいいんだよ〜!」ってにこにこ笑っていて、励まされたよ。あの人あんまり面白くないけどいい事言うね。(ごめんね。)

 

 

 

夜はさ、昼に無い力を持っていて、凄い。私は断然、夜が好きだ。昼はさ、なんていうか、空が遠いんだよね、でも夜になるとさ、宇宙が一気に、グッと目の前に、居るの、私の肌1ミリも空かないところに、というかもう、宇宙が私を丸ごと包んでるんだね、だから夜がうんと好き。

 

 

それで今、音楽を聴いてるわけなんだけど、ハンバート ハンバート、いいねぇ。ハンバートとハンバートの間に「・」がないのもいい。女の人も男の人も声が美しい。優しくて温かいのに、歌詞が時折、深海にいるようなかんじ。なんだろう。わかんないや。でもいい。最近よく聴いているからなんとなく曲は覚えたけど、曲名は大体知らない。だから聴きながら勝手に曲名を考える。「お弁当」とか「影」とか「電話」とか、そのまんまだけど、正解も気になるけど、知らないまま聴くのもなんだかいいかんじだから、やっぱり曲名はわからない。

 

まえ〜に、ちょこっと聴いてみた時はこんなに、いいなぁと思わなかったのにね、そういうことってよくあるよね、色んな条件が揃って、今があるのだ。(エモ〜)

 

 

 

この間なんだか寂しくって、夜寝る時にぬいぐるみと一緒に寝てみたんだ。ちょうど去年の今頃、UFOキャッチャーで取ったティラノサウルスの。尻尾まで合わせたら70センチくらいある。抱き心地は良いとは言えないけど、ギザギザの口の中に手を突っ込んだりして、ギザギザの口は関係ないけど急にこの間死んでしまった猫を思い出して、余計に悲しくなってしまった。私は小さい頃からぬいぐるみなんて抱いて寝なかったけど、いっつも猫と一緒に寝た。残念ながら、ティラノサウルスではダメだ。トリケラトプスもいるけど、ダメだ。そもそも愛情注いで名前なんか付けたりまでしたら、捨てる時また心が痛むだろう、だからすまない、名前は無しだよ。もし付けるなら、タケシとアヤコってかんじなんだけど、余計に愛着湧かなさそうでよかった。

 

 

何かもう一つ、この世の神秘というか、宇宙の真理というか、そういうのに気が付いたんだったのに、忘れてしまったよ。昔は神経衰弱が大の得意だったんだよ。

 

 

雨の日と、酒を飲み過ぎた日と、生理の日と、車に酔った日と、水をあまり飲まなかった日と、寝過ぎた日は、頭が痛くなって、要するにつまり一年の大半は頭痛なんだけど、今日は、全部に心当たりがあって、こんな事もう二度とないかもよ!ラッキー!

 

 

 

…んなわけあるか!

あ〜、頭痛い。でもルナなのかイブなのかアルピタンなのかどの薬が適当かわからないので意地で治す。病は気からなのである。(頭痛い)

 

 

 

 

と、言って、昨晩は二時間以上悶えていた気がする。そして今朝起きてからもなんとなく頭痛が残っているのでちくしょうめ、薬飲んだよ。ルナだよ。合ってんのかな。

 

 

 

おわり

 

 

 

 

本日の恥、学び

 

 

今日は朝から雑草を抜き四葉のクローバーを見つけ顔面を蜂に刺されたので保険が下り、石を叩いてダンゴムシを見つけ化石を掘り出し、部屋のゴキブリを退治し、木からはお金や家具が落ちてきた。母からの手紙も届きました。あ、あと釣りの大会があったので沢山魚を釣りました。どうぶつの森です。

 

今時はニンテンドースイッチが流行っているけど、DSのをやったら十分楽しかった。ていうかさ、村の住人たちはさ、自分の家の周りに可愛いお花はたくさん植えるくせに雑草は一本も抜かないよね、そのくせ役場には「あそこらへんの雑草がねぇ…」って声寄せるな!お前が自分で抜けよ!!!一緒に村を守ろうが!!!(4〜5年ぶりにやったので地面が全て雑草だったよぅ…)

 

 

現実にはよしもとばななさんの本を読んでいたら銀色夏生さんが出てきたので、だいぶ前に読んだ本を思い出して、途中でそっちを読み始めてしまった。

 

その本とは違うけど『僕のとてもわがままな奥さん』という本を読んだことがあって、その時はその話に出てくる奥さんが嫌いすぎて、古本ということもあってすぐに捨てちゃったんだけど、今日そのことを思い出して、怖いもの見たさなのか、結局あの旦那さんみたいに憎めないところがあるのか、わぁまた読みたいと思ってしまった。捨てなきゃよかったな。新品で買う気は起きないしな。記憶上で初めて、捨てたものの中で後悔したかも。

 

 

最近、生き物の賢さに恐れ入る。私はさ、情けない事に結局やっぱり人間が一番、賢くて生きる術を得ていると思っていたんだよね。でも現実は、色んな生き物が、子孫を残す為に、自分も生き長らえる為に、様々な戦略を以て生きているんだよね。

 

ハキリアリというのは、名前の如く葉を切って巣に持って行くわけなんだけど、その葉を食べるわけじゃなくて、葉をなんだかんだして(忘れた)キノコを栽培し、そのキノコを食すらしいの、それをテレビで見た時は目から鱗っていうか、アリってこんなに頭良かったのかよ!ごめんな!と思った。

 

その後はウサギがさ、自分の子を生き埋めにするっていう番組を見たのさ、奥深くまで掘った穴に赤ん坊を隠して、天敵から守るわけ。で、毎回その穴を掘ってお乳をあげて、また穴を塞いで、を、40日くらい繰り返すって言ってたな。それにも心底感心したよアタイは。

 

その次はフグがさ、嫁の出産の為に、防波堤みたいなものを海底に砂で作っていたの、それが見事に綺麗なまん丸でさ、画家もビックリの正確さだと思うんだよあれは、あれはもはや芸術だったよ。

 

そんでもって今日はさ、タコが産みたての子供を守る為に、巣に貝とか防御できるものを持ってきてさ、外敵(その時はウツボだった)に襲われかけても逃げずに子(まだ卵の段階)を守ろうとしていてさ、神秘だよ、なんていうの、生命の神秘だよね。

 

 

それぞれ別々の日にたまたまテレビで見たものだったんだけど、なんていうか、お手上げってかんじ🤷🏻‍♀️それら生き物たちの賢さにとても驚いてしまって、同時に自分の、「人間様様」感を大いに恥じました。人間も相当に賢くて面白い生き物だと思うけれど、生きとし生けるものはすべて、平等に、素晴らしいのだろう、と戒められました。そして勿論、人間の中にも上も下もありませんねぇ。

 

それでは今日も精一杯、生きましょう。

 

 

 

今日の出来事

 

 

今日は心がホッとフッとする事がたくさんあった。

 

いつも通っている歯科医院の、助手の女性が、いい香りだったの。洗剤の香り。何の香りかはわからないけれど、キツすぎない、優しい、とっても好きな、いい香りだった。

 

他所の歯医者は知らないけど、私がいつも行く所の女性陣は、若くて綺麗で可愛い人が多い。何でだろう。ちょっと院長を疑っちゃうよね。院長は40歳前後のハキハキした、見た目は全くイヤラシサの無い男性なんだけれど、こうも若い美女達を揃えていると、この人の趣味か?と思ってしまう。まぁどこの職場だって美人は大歓迎だろうけど。怪しいなぁ。

 

そこの歯科医院でね、「はい。」が心地好い患者さんが居たんだ、名前を呼ばれた時、話を聞いて相槌を打っている時の「はい。」の感じが、優しくて穏やかで爽やかで明るい感じもあって、ちょっぴり感動。40〜50代の女性だったんだけどね、あぁ素敵だなぁ、見習おう、と思いました。

 

 

それから帰りの車でね、隣の車線を走っていた車が、毎回信号で止まる度に、結構白線をオーバーしていてね、急に止まる場合ならわかるんだけど、緩やかにブレーキを踏みつつ、毎回しっかり線を越えるんだよね、しかもちょっとじゃなくて結構な幅を。道路交通法?的な法?的にはよくないことだろうけど、なんだかそれが可笑しくて、「おっ?次の信号はどうするんだ?越えるのか?手前でちゃんと止まるのか?」って、他人の運転で勝手に楽しんじゃった。期待を裏切らず毎回はみ出てくれてありがとう。でも気を付けてね。

 

 

帰宅したら大好きなバンドが、リモートライブっていうの?そういうのを偶々やっていて、ちょっと間に合わなかったけど何曲か聴けて、嬉しかった。画面越しとはいえ、ちゃんとこの人達が生きていることを実感できて、本当に嬉しい。

 

 

よい事というのは続くものだね。

自分の心の状態も関係している。

少しの幸福も逃さない、余裕と観察眼と発想、みたいなもの。

 

 

今夜は大好きなアラビアータを食べます。辛いやつ沢山かけて。名前が思い出せないんだけど、あのよくお店に置いてあるやつ。最近脳がダメなんだよねぇ、本当に。

 

 

 

しゃぼん玉

 

 

昨晩眠る前に、昔好きだった邦楽を聴こうとしたら、同じバンド名だけど全く違う海外バンドの曲で、世界は広いなぁと思いながらそのまま寝た。結構いい曲だった。

 

真っ暗闇で、全く知らない曲を聴いていると、自分が自分でないような感覚になる。本を読んでいる時や、映画を観ている時にもそういう感覚になる。別の世界にいるような、というよりこの世界に自分しかいないような、外から見たら私は死んでいて、内から見たら皆が死んでいて、そもそも生と死、この世とあの世、という区別も無く、心地が良い悪いの線を越えて、無の状態に近付く。でも完全な無にはなれない。久しぶりに朝が来るのが惜しいと思った。

 

 

7年くらい前に買った本をふと思い出して、読み返してみた。やっぱり半分以上忘れている。でも肝心なところはちゃんと覚えている。それからやっぱり、好きだなぁ。でもいつか、好きじゃなくなる日が来るんだろうか。次にまたこの本を読んだ時、えっつまんないじゃん、なんでこの本が好きだったんだろうって、思ってしまうことも、あるんだろうねぇ。諸行無常

 

 

小学生の頃、よく家に来ていた生協のお兄さんの誕生日に、彼の仕事の様子を描いた絵をプレゼントしたことがあった。お礼に手紙を貰った。それを思い出して、その手紙を探し出して読んでみた。誠実そうな、綺麗な文字。もうどこで何をしているのか、今何歳くらいなのかもわからないけど、今になってキュンとしている。「過去」という、絶対的な強さに、時折負ける。

 

 

少し前まで、お酒を飲んだ後にコーヒーを飲むと死ぬんじゃないかと思っていた。根拠はない。私の体内で、細胞が?、神経が?、それはイカン!と言っていたので、ずっとそのタブーは犯すことなく生活してきた。けれどある時、飲酒後にどうしてもコーヒーが飲みたくて、まぁいっかと思って飲んでみて、以後死ぬ気配がない事にシメシメ、もう何の気にもせず飲んでいる。思い込みとは実に恐ろしいものだ。