コウ

 

 

生まれたからには生きた証を残さなければいけない。と、思う。

 

背が重い。

 


生きるという意味を、ほんの少しだけ分かった気がする。


一人で生きるのは、単に息をしているだけ、誰かの為に、誰かと生きることが、生きるということなのかなぁと、あやふやながら思う。

 


色んなものを、どんどん失っていっている気がする。

 

気がするだけで、確かなものが見えないのが、一番怖い。

 

手から離れていっていることさえわかれば、すぐに追い掛けて取り戻せるかもしれないのに、と、恐れる。

 

 


無理矢理酒を飲んで、飲んで飲んで、喉仏あたりまで流し込めば何かが変わるのではないかと思って飲んで、結局いつも変わらない。落差が怖い。

 

 

 

 

あー、ピザが食べたい。
幸と不幸は、すぐ傍にある。

 

100000年後

 

 

地球や、宇宙や、時間軸上には、まだまだ未知のものが、ウヨウヨしていると思う。

 

猿人からしたら子孫が二足歩行をしていることは驚きだろうし、邪馬台国の人々は後世の処罰が自分たちの普段の生活よりもずっと衣食住に富んだ場所で行われていることにショックを受けるだろうし、紫式部清少納言は延々とインクが出てくるペンに感動するだろうし、戦国武将たちは核兵器に恐れ慄くだろうし、江戸っ子は自動車や飛行機を見て唖然とするだろうし、私の祖母はきっと、携帯電話や冷凍食品に夢を持ったに違いない。今この瞬間がこれまでの世界で最新だけれど、私が死ぬ頃、今ではどうやっても想像し切れないことが世の中で起こる。

 

 

そのうち時空を超えられるのではないかと思う。本当に。

 

地球の裏側と一瞬で通信できる世界なんだもの、人間が一瞬で空間を移動したっておかしくない。

 

いつか、私が死んで1000年後くらいに、地球がまだ残っていたら、過去や未来の自分と会えるようになるのかもしれない。

 

ロボットが感情を持つような時代ですもの、何だって起こり得るし、起こし得る。

 

 

 

いいなぁ1000年後。1000年後を生きてみたい。10000年後も100000年後も。人類が滅びる瞬間を見てみたい。地球が滅びる瞬間も。宇宙はずっと続くんだろうか。見てみたい。

 

 

 

すぐそこ

 

 

生きている間人間は不完全で、死ぬ時にようやく完全なものとなる。

 

と、どこかで聞いたことがある。

 


死に向かって生きている。

死なない為に生きているのではなくて、死ぬ為に生きている。

 

 

時折、わからなかった言葉の本意を知ることがある。


完全な死に方をする為に、今、生きている。

 

 


最近生き死にのことばかり考える。
生きたい死にたいと別の場所にいるけれど、いつだってすぐ目の前にいる。

 

 

夏が来れば思い出す

 

 

幸福と死は似ている。気がする。

 

物凄く幸せな時に心地良い風が吹いたら、私は死にたいと思う。

 

息を深く吐く度に、体が溶けて無くなっていったらよい。

 

雪やロウソクが溶けて消えていくように、私も溶けてしまいたい。

 

 

 

過去を振り返るのと、未来を想像するのは、同じくらい苦しい。

 

何も考えず、一呼吸一呼吸して生きている今が、楽で幸せに思う。

 

 

 

夏が終わったら、私もどこかへ行きたい。

むし

 

 

虫を一匹殺した。


ちぃちゃい、肌に付いても一切気が付かないような虫を、殺した。

 

本当は今日、三匹目くらい。

 


虫を殺したら死刑という法律があったら、私は今、この虫を殺さなかったんだろうか。そりゃあ殺さないだろうね。

 


それでも、私を死刑にしてくれないかな、と思いながら、虫を殺した。

 

自分は生かされることを知っているから。

 


なんて残酷なのかしら。
私も、人間そのものも、一番生きる価値の無い物体が、生き物の王者のような顔をして、ふんぞり返って生きている。想像をすると酷く滑稽で、情けない。

 

 


明日の事を考えて落ち込む事が減った。良くも悪くも、期待がどんどん薄まっていく。不安を見て見ぬフリをしている。

 

いつかツケが回ってこなきゃいいけれど。

 

 

 

 

ちっともそう思っていなくていいから、「大丈夫?」と言われたい時がある。

 

誰にも知られたくないけれど、誰かには知っていてほしいことがある。

 

夜に飲み込まれてしまう不安と、いっそ飲み込まれてしまいたい気持ちとが、ある。

 

早く眠りたい懇願と、朝まで眠りたくない欲望がある。

 

ずっとこのまま閉じこもっていたい思いと、一刻も早く抜け出さねばという使命感が、ある。

 

何も出来ないという諦めと、何でも出来る気がする期待が、ある。

 

 

絶望と、希望が、ある。

 

 


一方に飲まれ、また一方にも飲まれ、どちらもはね退けて、結局途方に暮れる。

 


何を思っても、何を放棄しても、一定の速度で地球は動き、月と太陽が傾く。

 

 

意味のないことをしているのかもしれない。

 

意味がないとわかっていても、意味のないことをするしかないのかもしれない。

 

 


明日も生きよう。

 

 

死にたい、と思うことは人生に何度あるんだろう。

 

死にたさにも段階がある。


ギャルの、「ハッズwwwwマジ死にたいwwwww」から、ビル屋上の、空まであと一歩にいる人の死にたいまで、たぶんザッと10段階はある。知らんけど

 


脳の回線が途切れて、自分でもよくわからないほど落ち込むことがある。ノリみたいな感覚で、気持ちよりも先に次から次へと涙が溢れてくることもある。酷いともう、ガンジス川に飛び込みたくなる。一度落ち込むとその晩はもう駄目だ。

 


真面目に考えることは、ひどくエネルギーを使う。だから大抵ボンヤリと考えるだけで、終着点までたどり着かない。本当はこのスタート地点と、その種と、それから撃退法まで、きちんと考えねばいけないのだけど、どうしても途中でモヤがかかってしまって、どうにも前に進まない。

 


何を書こうとしたのか、忘れてしまった。最近、何を考えるにも途中で挫折してしまっていけない。疲れてしまう。

 

 


自殺する人の気持ちが、ちょっぴりわかった気がする。
彼らは死にたい訳でなくて、死ぬしか方法がないんだろうね。生きられるもんなら生きたいだろうに。

 

 

私も生きたい。